江東区には京葉道路や環七といった主要な道路があり、よく調査現場に向かう途中や尾行中に通ったりすることが多い区です。
それと豊洲周辺はタワータワーマンションが多く点在しており、探偵にしてみると割とやりにくい現場の1つです。
何故かというと、理由は2つあります。
調査の始まりは自宅から開始することが多いこと。
それと案件の初日は顔写真から対象者を捕捉して追尾をすることが多い為、
世帯数の多いタワーマンションでは対象者に似ている人物が複数人いる場合があり人定が難しいからです。
そんな豊洲にあるタワーマンションでの調査の思い出をお話ししようと思います。
依頼者様はお医者様で奥様の素行調査のご依頼でした。
素行調査と言うとなんか引っかかりますがその通りで、
依頼者様は奥様と別れたがっていました。
それも、依頼者様は女性好きで結婚は3回目。奥様と結婚したものの半年で飽きてしまったから別れる理由がほしいとの依頼でした。
私はプライドをもって探偵の仕事をしており、探偵とは困っている依頼者様の為に調査を用いてより良い未来をご提供する仕事だと思っております。
そして調査をされる対象者は、理不尽にも依頼者様の不利益や害をもたらした人が多く、探偵は正義の味方として悪義を暴き胸を張って調査を行っております。
ただ、今回の依頼者様は奥様と別れて若い女性と再婚したいと言うなんとも理不尽な理由からの調査依頼でした。
「そこに正義はあるんか?」って感じです。
調査を受ける内容としてはやる気は出ませんが、婚姻関係にある以上、奥様の不貞行為が出てくれば別れる事由としては申し分ない理由になります。
依頼者様も何か思うところがあり依頼に至ったと思います。
そんなこんなでやる気の出ない調査が始まりました。
依頼人様は資産家で豊洲のマンションは4億円程するそうで、高級車も3台所有しておりました。
奥様にも昔からの夢だった2,000万円のポルシェをプレゼントしており、奥様は休日に1人でドライブに出掛ける程気に入っているそうです。
奥様は歯科医をしているそうですが、非常勤で3カ所ほどをローテーションで勤務しており、依頼者様は奥様の勤務先は把握しておりませんでした。
調査は依頼者様が提供してくれた奥様写真3枚から始まりました。
その中に1枚結婚式の写真がありました。
探偵あるあるなのですが、
結婚式はその人の人生で1番綺麗な時の写真なので、普段は当てになりません。
もはや別人なので、これを読んで今後探偵にお願いしようと思っている方は結婚式の写真はお持ちいただかなくて大丈夫です。
お気持ちだけいただいておきます。
なので、タワーマンションから実質写真2枚で面取りをして追尾するという流れでのスタートになりました。
ご自宅のタワーマンションは1,000世帯を超えており、奥様と同じ年代の女性は200人近くいる計算になります。
そしてこの時期はコロナ禍と言うこともあり、ほとんどの方がマスクをしていました。
なかなかの難易度でしたが失敗する訳にはいかないので依頼者様に奥様のよく着る服やバッグ、靴の写真を提供できるかお伺いしたところ、返ってきた答は──。
「カードで好き勝手に買い物してるから把握していないし、沢山ありすぎてどれを撮ればいいか分からない」
「大丈夫ですよ、一目見ればわかりますよ」
という、アバウトなもの。
「一目見ればわかる」そんな事ない顔立ちですが、もう自力でやるしかありません。
そして調査初日。
雨が降ってしまったので傘がプラスされ更に難易度が上がってしまいました。
私はタワーマンションから出て駅に向かう動線上の屋根のある場所に座り込み、下からのアングルで面取りを行いました。
カメラの画質を上げ、とにかく目元がはっきり見えるように撮影して尾行しながら見比べ、本人と思ったら追尾するという段取りです。
開始10分、早くも奥様によく似た女性が現れました。
「…いやーーー…! 微妙ー!」
「…分からん!!」
3枚の写真からは違うという断定ができなかった為、1名だけついて行くことに!
3名体制で調査を行っていたので、残りの2名はそのまま奥様っぽい人物を待ちます。
そうこうしているとすぐにまた奥様に似ている人物が来ました。
「うわー………! 似てるー! 分からん!」
かなり似ていましたが奥様と断定できませんでしたので1名残して追尾することに。
その後、それらしい人物は出てこず、ついて行った2人の答え合わせへ。
結果、ついて行った2人目の人が歯科院に入りました。
歯科院内で確認すると胸に奥様と同じ名前の名札をつけており、それにより奥様と判明しました。
余談ですが、傘を刺しマスク姿の奥様の写真を依頼者様に送り確認していただきましたが「分からない」との返答でした。
今まで何人かいらっしゃいましたが、
パートナーの写真を見せて間違える夫婦が結構いることに驚かされます。
この日は退勤時間に再度調査を行いまっすぐ何もなく帰ることを確認しました。
その後、平日を数日間やりましたが異性と会うどころか、まいばすけっとしか寄らず、常に無表情でなんだか楽しくなさそうな日々が確認できました。
依頼者様に正直にそのように報告すると。
家であまり会話をしてくれないそうで、奥様のことがよく分からず、もしかしたら向こうも別れたいのでは?と思い始めていたそうです。
更に続けて、奥様はまだ若いし、私とつまらない人生を送るなら早めに別れて若い男と結婚した方が子供も作れるし良いのではないかと。
「嫁にはもっといい人生があると思うから幸せになって欲しいんです」
とおっしゃりました。
私はそれを聞いて、依頼者様を誤解していたことに気づき恥ずかしくなりました。
依頼者様は照れ隠しで自分の都合で別れたいと言っていただけで、本当は奥様のことをよく考えている優しい方なのだと。
私は間違っていました。
分かった気でいた自分を恥じ、反省すると共に、全力を尽くして相談者様の為に調査をご提供しようと改めて強くそう思いました。
はい。私は誓いました。
そんな私の思いに応えるかのように
依頼者様は続けてこうおっしゃりました。
「彼女と来年には一緒になりたいからできるだけ早くお願いしますね」と
彼女? ん? え?
やはり裏切られました。流石です先生。
依頼者様にはお付き合いしている方がいて奥様と別れてその方と結婚したいとのことでした。
色々考えることはありましたが、私は心を無にして調査を続けました。
平日数日間みても奥様の怪しいところは一切なかったので今度は休日を見ることにしました。
午前9時、奥様は旦那様に買ってもらったポルシェで外出しました。
こちらは車両1台バイク1台の体制での追尾です。
奥様のポルシェはマニュアルでまだ運転が慣れていない様子でした。
というのも、信号待ちから発進する際に「ブオーーーン!!」とエンジンを吹かしたと思ったらガクンガクンと進みだし、顔を覗いてみると物凄い緊張で顔が引きつっていました。
「これは大変なドライブになりそうだ……」
車線変更の際も目視していないのかぶつかりそうになるわ、急に一般道で時速100km出すわでかなり危なっかしい運転でした。
奥様は江東区から渋谷区に移動して、旧山手通りに路上駐車しました。
服装は真っ白なワンピースで大きめのサングラス。
颯爽とポルシェから降りる姿は映画のワンシーンのようでした。
奥様は代官山蔦屋書店に入りコーヒーを購入するとポルシェに乗って発進。
コーヒー買っただけでした。
この辺に行き先があるのかな?と思いながらついていくも目的地には辿り着かず、気づけば練馬区に居ました。
ポルシェは練馬インターから関越自動車道に入り走ること2時間。
軽井沢に至りました。
もうこの頃には1人でドライブを楽しむ日と分かっておりましたが軽井沢まで来てしまっているので今日1日どのような行動をするのか見ることになりました。
軽井沢まで来たのでアウトレットや旧軽井沢(旧軽井沢銀座商店街)で買い物するのかな?
と思いつつついて行くと、いい感じのお蕎麦屋さんへ。
調べてみると有名なお蕎麦屋さんのようで30分ほど並んでからお蕎麦を食べました。
お蕎麦屋さんから出てポルシェで移動。
これから軽井沢を見てまわるのかなと思いきや、そのまま高速道路で帰路へ。
奥様はまっすぐ帰宅しました。
結局、この日は軽井沢まで1人でドライブしてお蕎麦を食べただけでした。
次の週の休日も見てみましたが同じようにドライブするだけの1日でした。
調査は終わり。
依頼者様にご報告すると、奥様の言っていることに嘘はなく、こちらが一方的に疑っているだけという結果になりました。
私もそうですが、もし自分の妻がバッチリお洒落して朝から晩まで外出して「軽井沢でお蕎麦食べてきただけだよ」って言われたら素直に信じ難いと思います。
夫婦ってお互い知っているようで知らない事ばかりなんだと改めて思い知った調査です。
世の中には自分の考えが及ばない人がいて理解できないことが沢山あります。
新しい女性と一緒になりたいから行った調査や奥様のお蕎麦を食べに行っただけのドライブも私には理解できません。
ただ、この仕事をしていると本当に多種多様、人間唯一無二なんだなとつくづく思います。
そして、タワマンに住んで高級車を乗っているからといって、みんながみんな幸せというわけではないと思いました。
私は毎日一緒にご飯が食べれて、休日はシエンタでお出かけできる家族の方がよっぽど幸せだと思っています。
幸せとは……。